2015/11/01

東武快速の話

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先日、モデルワムから1つの冊子が発刊されました。テーマは「デッカー」
デッカーといえば、ED17やEF50といったEE社の電気機関車のイメージが強いかもしれませんが、ここで出てくるのは「東武の」デッカー。無骨なリベットに包まれた車体は、ホームからも見える台枠や、深い屋根に大きなパンタグラフ、ずらりと並ぶ小さな窓も相まってとても堅牢そうな雰囲気ですが、どこか人間臭いような、不思議な魅力がある電車です。

この冊子、決してページ数は多くありませんが、広告は一切なく、未発表のディテール写真や走行写真も含まれていて、3210型の概要も把握できてお値段なんと税込500円!これの売れ行き次第で他系列でも出したいとのことですので興味がある方は是非!と、宣伝はほどほどにして、本題に行きたいと思います。

私は子供の頃、家族で浅草へ出かける機会が度々ありました。といっても、自宅からそれほど遠いわけではなく、地下鉄に数駅揺られ、北千住から東武線で浅草へ行くだけの、今から思えばとても小さなお出かけです。

その当時、すでに電車が好きだった私には、なかなか乗る機会に恵まれない「当たり」列車がありました。それがタイトルにもある「快速」列車に他なりません。

北千住から浅草まで、普段なら絶対に乗れない向かい合わせの席を1組陣取り、いつもなら1つづつ律儀に止まる駅を全て通過して浅草まで連れて行ってくれる快速は、乗れればラッキーな当たり列車でした。所要時間は10分少々、快速列車は1時間に1本。ねだった所で待ってもらえるはずもなく、幼少の私では時刻表を調べて家の出発時間を見計らうことも出来ず、乗れるか乗れないかは全くの運次第なのでした。それだけに快速列車に乗れた時の嬉しさは格別で、手の届かない特急や急行よりも、身近で特別な存在でした。その快速も、今では殆どの列車が区間快速に格下げられ、ついに昼間は2時間に1本という、乗ろうにも乗りづらい列車になってしまったのは寂しい限りです。

12.12.5
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そんな快速列車、料金不要の速達列車として歴史を辿ると戦前まで遡ることになるのですが、それらは後に「けごん」や「きぬ」といった特急に変化するもので、この快速は1958年〜65年に運行された「準快速(A準急)」が起源になります。運行開始当初は、長距離利用が前提ながら寄せ集めの通勤車が主体で、利用客の評判は散々なものだったようです。そして、その通勤車こそ、冒頭で紹介したデッカー達なのです。
最初こそ惨憺たるデビューを果たした準快速ですが、その後の体質改善で段々と設備が良くなり、今の6050系に至ることになるのですが、その第1歩こそ、デッカーの更新工事車、所謂「快速仕様」の3210型でした。細かな改造箇所などは調べればすぐにわかるので割愛しますが、前面に大きな幌を装備して厳つい表情となった姿は、飯田線の旧国にも似た魅力を感じます。

自分の惚れ込んでいる東武快速の始祖で、好みの車両ともなればやはりモデラーとしてモノにしたいと思うもの。だいぶ前に臨給を使ってキットは手に入れたのですが、後年まで生き延びた割に詳細な資料は多くなく、未だに未着手となっています……。今回ワムから発刊された冊子以上の資料はそうそう出てこないでしょうから、そろそろ見切り発車で手をつける時なのかもしれません!

が、その前に、いま手をつけてる仕掛品を仕上げないと、ですね……。
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